描《か》く道具をスッカリ持ち出していらっしゃる様子……これには何か深い仔細《わけ》がある事と思いながら、そのままこの家に落ち付く事にきめましたが、それからというものは今も申しました通り、スッカリ姉さんに化けてしまって、義兄《にい》さんと一緒に帰って来ているような風に出来るだけ見せかけておりました。仕合《しあわ》せと義兄《にい》さんは子供の時から絵を描《か》き初められると、何日も何日も室《へや》に閉じ籠って、決して人にお会いにならない。御飯も碌《ろく》に召し上らない事が多かったと聞いていましたから、近所の人や、お客様を欺《だま》すのには、ホントに都合がよかったのです。……しかし何故《なにゆえ》妾がこんな奇怪《おかし》な事をしていたのかと申しますと、これはジッとしていながら、お二人の行衛を探すのに一番都合の良い工夫だと思ったからです。つまりこうしておりますと、お二人とも世にも名高い御夫婦ですから、万一ほかでお姿を見た者があるとしたら、すぐに妾が怪しまれます。そうしたらそれと一緒に、お二人の行衛もわかる事になるのですから、その時にあとを追うて行けばよい。女の一人身で知らぬ他国を当てどもなく探しまわったとて、なかなか見付かるものではない……と思い付いたからの事です」
「……ヘエ……その妹はなかなかの名探偵ですね」
「ウン……この妹の方は姉と違ってチョットお侠《きゃん》なところがあるようだが、なおも言葉を続けて曰《いわ》くだ……しかし妾のこうした計劃は余り利き目がありませんでした。……というのは妾がこの家に来てから十日も経たぬうちに天下は忽《たちま》ち麻と乱れて兵馬《へいば》都巷《とこう》に満ち、迂濶《うかつ》に外へも出られないようになった。……のみならず、お金はなくなる。家は荒廃する。仕方なしに妾は此家《ここ》の台所に寝起きをして、自分の身に附いたものは勿論のこと、義兄《にい》さん夫婦の家具家財や衣類なんぞを売り喰いにしていましたが、その中《うち》でも一番最後に残しておいたのが姉の新婚匆々時代の紅い服一着と、自分が着ていた宮女の服一着でした。その中でも又、この紅い服は、あく迄も妾を姉さんと認めさせるために外出着としていたものです。又、宮女の服というのは、妾の忘れられない思い出と一緒に取っといたのですが、楊貴妃時代のスタイルで、ウッカリ持ち出すと反逆者の下役人に見咎《みとが》
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