様の付いた、物々しい恰好の長針と短針が、六時四分を指し示しつつ、カックカックと巨大な真鍮の振子球《ふりこだま》を揺り動かしているのが、何だか、そんな刑罰を受けて、そんな事を繰り返させられている人間のように見えた。その時計に向って左側が私の部屋になっていて、扉の横に打ち付けられた、長さ一尺ばかりの白ペンキ塗の標札には、ゴジック式の黒い文字で「精、東、第一病棟」と小さく「第七号室」とその下に大きく書いてある。患者の名札は無い。
私は二人の看護婦に手を引かれるまにまに、その時計に背中を向けて歩き出した。そうして間もなく明るい外廊下に出ると、正面に青ペンキ塗、二階建の木造西洋館があらわれた。その廊下の左右は赤い血のような豆菊や、白い夢のようなコスモスや、紅と黄色の奇妙な内臓の形をした鶏頭《けいとう》が咲き乱れている真白い砂地で、その又|向《むこう》は左右とも、深緑色の松林になっている。その松林の上を行く薄雲に、朝日の光りがホンノリと照りかかって、どこからともない遠い浪の音が、静かに静かに漂って来る気持ちのよさ……。
「……ああ……今は秋だな」
と私は思った。冷やかに流るる新鮮な空気を、腹一パイに吸い込んでホッとしたが、そんな景色を見まわして、立ち止まる間もなく二人の看護婦は、グングン私の両手を引っぱって、向うの青い洋館の中の、暗い廊下に連れ込んだ。そうして右手の取付《とっつ》きの部屋の前まで来ると、そこに今一人待っていた看護婦が扉を開いて、私たちと一緒に内部《なか》に這入った。
その部屋はかなり大きい、明るい浴室であった。向うの窓際に在る石造《いしづくり》の浴槽《ゆぶね》から湧出す水蒸気が三方の硝子《ガラス》窓一面にキラキラと滴《した》たり流れていた。その中で三人の頬ぺたの赤い看護婦たちが、三人とも揃いのマン丸い赤い腕と、赤い脚を高々とマクリ出すと、イキナリ私を引っ捉えてクルクルと丸裸体《まるはだか》にして、浴槽《ゆぶね》の中に追い込んだ。そうして良《い》い加減、暖たまったところで立ち上るとすぐに、私を流し場の板片《いたぎれ》の上に引っぱり出して、前後左右から冷めたい石鹸《シャボン》とスポンジを押し付けながら、遠慮会釈もなくゴシゴシとコスリ廻した。それからダシヌケに私の頭を押え付けると、ハダカの石鹸をコスリ付けて泡沫《あわ》を山のように盛り上げながら、女とは思えない乱
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