うものは、真に驚くばかりである。トテモ電信電話、ラジオぐらいで繋がり合っている人間の社会組織なぞの追付くところでない。……背筋がヒヤリとすると同時に全身がゾ――ッと粟立《あわだ》つ……お尻がチクリとするかしないかに『アッ』と飛び上る……という、それ程左様に迅速敏活を極めているのだ。
 吾々の全身の各器官を形成する三十兆の細胞の一団は、こうしてメイメイに各自専門の仕事を分担しつつ、脳髄の反射交感機能を使って、一斉に、直接に物を見て、聞いて、嗅《か》いで、味わっているのだ。脳髄を中心として一斉に意識し、感激し、闘い、歌い、舞い、喚《わ》めき、叫んでいるのだ。
 ……嬉しいと食慾が進む。胃袋も一緒にハシャイでいるからだ。
 ……飯を喰うと、まだ消化もしないうちに元気が付く。全身の細胞が同時に満腹するからだ。
 だから吾々が自分の生命、もしくは精神として意識しているものの正体は、全身無数の細胞の一粒一粒が描きあらわすところの主観客観が、脳髄の反射交感作用仲介で、タッタ一つにマン丸く重なり合ったのを、透かして覗いているだけのものだ……という事が、もはや文句なしにわかるだろう。同時に吾々が今日まで迷信させられて来た脳髄の偉大な内容は、実は全身の細胞の一粒一粒に含まれている無限の霊知霊能が、そこで反射交感されているのを錯覚していたものだ……ちょうど電話交換局が、都会を支配していると考えるように……という事実が、何のタワイもなく点頭《うなず》かれるだろう。

 ……ナント諸君……簡単明瞭ではないか。
 ……開《あ》いた口が閉《ふさ》がらぬではないか。
 ……現代の科学者たちが、最大、最高級の不可思議とし、驚異としている生命意識の根本問題は、こうして『脳髄が物を考える』という考えを引っくり返して考えると同時に、何の苦もなく氷解して終《しま》うではないか。脳髄の受持っている役割が、手足のソレと同様にハッキリして来るではないか。

 ……それでも、まだわからなければモウ一度、こちらへ来てみたまえ。ポカンの足の下に横たわっているこの脳髄と名づくるアンポンタン・ポカン式、自動式、反射交換局の内部を覗いてみたまえ。この交換局の中に詰めかけている親切明敏を極めた交換嬢……神経細胞たちの仕事振りを参観して見給え……。
 彼女たち……神経細胞の大集団は、御覧の通り自分自身に電線となり、スイッチとなり
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