囚われながら戸棚の中を覗いて行ったが、そのうちにヤットの思いで一通り見てしまって、以前の大|卓子《テーブル》の片脇に出て来ると、思わずホッと安心の溜息をした。又もニジミ出して来る額の生汗《なまあせ》をハンカチで拭いた。そうして急に靴の踵《かかと》で半回転をして西の方に背中を向けた。
 ……同時に部屋の中の品物が全部、右から左へグルリと半回転して、右手の入口に近く架けられた油絵の額面が、中央の大|卓子《テーブル》越しに、私の真正面まで辷《すべ》って来てピッタリと停止した。さながらにその額面と向い合うべく、私が運命附けられていたかのように……。
 私は前こごみになっていた身体《からだ》をグッと引き伸ばした。そうして改めて、長い長い深呼吸をしいしい、その古ぼけた油絵具の、黄色と、茶色と、薄ぼやけた緑色の配合に見惚《みと》れた。

 その図は、西洋の火焙《ひあぶ》りか何かの光景らしかった。
 三本並んだ太い生木《なまき》の柱の中央に、白髪、白髯《はくぜん》の神々しい老人が、高々と括《くく》り付けられている。その右に、瘠《や》せこけた蒼白い若者……又、老人の左側には、花輪を戴いた乱髪の女性が、それぞれに丸裸体《まるはだか》のまま縛り付けられて、足の下に積み上げられた薪から燃え上る焔と煙に、むせび狂っている。
 その酷《むご》たらしい光景を額面の向って右の方から、黄金色の輿《こし》に乗った貴族らしい夫婦が、美々しく装うた眷族《けんぞく》や、臣下らしいものに取巻かれつつも如何《いか》にも興味深そうに悠然と眺めているのであるが、これに反して、その反対側の左の端には、焔と煙の中から顔を出している母親を慕う一人の小児が、両手を差し伸べて泣き狂うている。それを父親らしい壮漢と、祖父らしい老翁が抱きすくめて、大きな掌《てのひら》で小児の口を押えながら、貴人達を恐るるかのように振り返っている表情が、それぞれに生き生きと描きあらわしてある。
 又、その中央の広場の真中には、赤い三角型の頭巾《ずきん》を冠って、黒い長い外套を羽織った鼻の高い老婆がタッタ一人、撞木杖《しゅもくづえ》を突いて立ち佇《とど》まっているが、如何にも手柄顔に火刑柱《ひあぶりばしら》の三人の苦悶を、貴人に指し示しつつ、粗《まば》らな歯を一パイに剥き出してニタニタと笑っている……という場面で、見ているうちにだんだんと真に迫って
前へ 次へ
全470ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング