もの等々であったが、そんなものが三方の壁から、戸棚の横腹まで、一面に、ゴチャゴチャと貼り交《ま》ぜてある光景は、一種特別のグロテスクな展覧会を見るようであった。又その先に並んだ数層の硝子戸棚の中に陳列して在るものは……
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――並外れて巨大な脳髄と、小さな脳髄と、普通の脳髄との比較(巨大な方は普通の分の二倍、小さい方の三倍ぐらいの容積。いずれもフォルマリン漬)――
――色情狂、殺人狂、中風患者、一寸法師等々々の精神異状者の脳髄のフォルマリン漬(いずれも肥大、萎縮、出血、又は黴毒《ばいどく》に犯された個所の明瞭なもの)――
――精神病で滅亡した家の宝物になっていた応挙《おうきょ》筆の幽霊画像――
――磨《と》ぐとその家の主人が発狂するという村正《むらまさ》の短刀――
――精神病者が人魚の骨と信じて売り歩いていた鯨骨の数片――
――同じく精神病者が一家を毒殺する目的の下に煎《せん》じていた金銀|瞳《め》の黒猫の頭――
――同じく精神病者が自分で斬り棄てた左手の五指と、それに使用した藁切庖丁《わらきりほうちょう》――
――寝台から逆様《さかさま》に飛降りて自殺した患者の亀裂した頭蓋骨――
――女房に擬して愛撫した枕と毛布製の人形――
――手品を使うと称して、嚥下《のみくだ》した真鍮煙管《しんちゅうきせる》――
――素手《すで》で引裂いた錻力板《ブリキいた》――
――女患者が捻じ曲げた檻房の鉄柵――
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 ……といったようなモノスゴイ品物が、やはり狂人の作った優美な、精巧な編物や、造花や、刺繍《ししゅう》なぞと一緒に押し合いへし合い並んでいるのであった。
 私は、そんな物の中で、どれが自分に関係の在るものだろうとヒヤヒヤしながら、若林博士の説明を聞いて行った。こんな飛んでもないものの中の、どれか一つでも、私に関係の在るものだったらどうしようと、心配しいしい覗《のぞ》きまわって行ったが、幸か不幸か、それらしい感じを受けたものは一つも無いようであった。却《かえ》って、そんなものの中に含まれている、精神病者特有のアカラサマな意志や感情が、一つ一つにヒシヒシと私の神経に迫って来て、一種、形容の出来ない痛々しい、心苦しい気持ちになっただけであった。
 私はそうした気持ちを一所懸命に我慢しいしい一種の責任観念みたようなものに
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