人がまだ睨み合っている。見物人も元の通りに四五人突立っている。その真上に重たい銀色の球《たま》をさし出して手を離しながら、すばやく窓を閉めて、耳の穴に指を突込んだ。建物の全体がビリビリとふるえた。
……それだけだった……けれども、タッタそれだけで、妾は身体《からだ》中が汗ビッショリになるほど昂奮してしまった。
それから何十分ぐらい経っていたか、わからなかった。
隣りの室《へや》の仕切りの大きな垂れ幕の裾にハラムの全裸体《まるはだか》の屍骸が長々と横っていた。その横の化粧部屋で、妾は久し振りにお垂髪《さげ》に結《ゆ》って、新しいフェルト草履《ぞうり》を突っかけながら、振り袖のヨソユキと着かえていた。
それはウルフが四五日前に教えてくれたピストルの無音発射の試験を実地にやってみて、成功したばかしのところだった。妾の寝台の上にだらし[#「だらし」に傍点]なく眠りこけていたハラムの真黒い、おおきな腹の弾力が、妾の小さなブローニングの爆音を、あらかた丸呑みにしてくれたのだった。反動がずいぶん非道《ひど》くてビックリしたけども、逆手《さかて》に持った引金の引き方をウルフから教わっていたので
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