険を覚悟してここへ乗り付けたものに違いない。……と思う間もなく相馬運転手は、今まで自動車の中からウルフに差し向けていたらしいピストルをキラリと菜葉服のポケットに落し込みながら、直ぐにウルフのうしろに廻って、両方の手首を黒い包みごとシッカリと押え付けてしまった。
それを見るとそこいらを通りかかっている三四人の洋服男が立ち止まって見物し出した。ズット向うの四ツ辻に突立っている交通巡査も、こっちの方を注意しはじめた。
妾はブル・オヤジの大胆なのに呆れてしまった。おおかたブル・オヤジは相手の正体を知らないでいるのだろう。よしんば正体を知っているにしても、その相手が持っている黒い包みの中味ばっかりは知っていよう筈がない……だから自分の経営しているビルデングから出て来た怪しげな浮浪人を咎《とが》めるくらいのつもりでいるのじゃないかしら……と考えているうちに、吹き荒《すさ》んでいた風が突然ピッタリと止んで、ブル・オヤジの大きな怒鳴り声が、五階の上から見下している妾のところまで聞えて来た。
「……俺は貴様の正体ぐらい、トックの昔に知っているぞ。貴様はお尋ね者の……だろう」
妾は夢中になって身体《
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