かしら運命の神様にお祈りをしているのを、薄々気付いていたようにも思うけど……。
妾は寒い往来を辷りまわる自動車を、あとからあとから見送っているうちに、鼻の穴がムズ痒《がゆ》くなって来た。今にもクシャミが出そうになったから、慌てて窓から首を引っこめようとした。
するとその時だった。そんな自動車の群れの中から、見おぼえのある新型のフォードが眼の下のアパートの勝手口にスルスルと近付いた……と思うと、その中からブルドッグ・オヤジの黒い外套が茶色の中折れを冠り直しながらヒョロヒョロと降りて来た。その足どりを見るとかなり酔っているらしく、石段の前に立ちはだかって、もう一度帽子を冠り直しながら、あぶなっかしい手付きでネクタイを直し初めた。すると又それと殆んど同時に勝手口の扉《ドア》が開いたらしく、ウルフの猫背の姿がヨタヨタと石段を降りて来たが、その拍子に、這入りかけて来るブル・オヤジと真正面から衝突してしまった。
妾はハッとした。今にも爆弾が破裂するかと思って、首を引っこめる心構えをした。けれども爆弾は破裂しなかった。
妾は生唾《なまつば》をグット呑み込んだ。あんまり出来事が不意打ちで案外だ
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