ちぢめると五寸ぐらい背が低くなった。どっちから見てもズングリした、脂肪肥りのヘボ絵かきぐらいにしか見えなくなった。
妾はいつもながらウルフの変装の上手なのに感心してしまった。口をへの字なりにして頬の肉をタルましたりしている顔付きのモットモらしいこと……妾だって往来のまん中でウルフを見つける事は出来ないだろうと思った。
そのうちに厚ぼったい手袋のパチンをかけたウルフはヨロヨロと入口の方へ歩いて行った。もう一つのパンを黒い風呂敷包みにつつみ直して、大切そうに小腋に抱えると、扉《ドア》を静かに開いて廊下に出たが、扉《ドア》を閉めがけに今一度、共産党らしい、執着に冴えた眼の光りを妾の顔に注いだ。そうして念を押すように淋しくニッコリと笑いながら扉《ドア》を閉じた。
その足音を聞き送ると、妾は、枕元のスイッチをひねってシャンデリヤを消した。パジャマと羽根布団で身体《からだ》を深々と包みながら、横のカアテンを引いた。硝子窓を開いて首を出した。
窓の外はもう夕方で、山の手の方から海へかけて一面に灯《ひ》がともっている。そのキラキラした光りの海を青い、冷たい風が途切《とぎ》れ途切れに吹きまくっ
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