つも[#「いつも」に傍点]の通り憂鬱なまじめな顔をしながら、黒い逞ましい両腕を悠々とまくり上げて、妾をヤンワリと抱き上げてくれた。そうして赤チャンを扱うように親切に身体《からだ》を流して、新しいタオルで包んでくれた。
「今朝《けさ》はたいそう、お早う御座います……お姫《ひい》様……」
ハラムの日本語は、本物の日本人よりもズットお上品で、立派に聞えた。シンガポールの一流のホテルで日本人専門のボーイを志願して稽古したのだと云っていたが、発音がハッキリしている上に、セロみたいな深い響きをもっていた。
「……あたし……淋しいのよ……」
妾は濡れたまんまの両腕をハラムの太い首に捲きつけた。その拍子にハラムの身体《からだ》に塗りつけた香油の匂いがムウウとした。
ハラムはすこしビックリしたらしく、眼をまん丸にして、白眼をグルグルと動かしながら、高らかに笑いだした。
「ハッハッハッハッハッ。……おおかたお姫《ひい》様は……お腹がお空《す》きになったので御座いましょう」
妾はイキナリ、その毛ムクジャラの胸に飛び付いて、甘たれるように首を振って見せた。
「イイエイイエ。あたしチットモひもじかない。ゆんべ遅くまで色んなものを喰べたんだもの……それよりも妾ホントウに淋しいのだよ。お前にこうして抱っこされていてもよ……綱渡りの途中で綱が切れちゃって、そのまんま宙に浮いているような気もちよ。ドッチへ行ったらいいのか解んなくなったような気もちよ。教えておくれよ。ハラム、どうしたらいいんだか……」
妾はそう云いながらハラムの頸《くび》をヤケにゆすぶった。逞ましい脂切《あぶらぎ》った筋肉に、爪を掘り立てるくらいキツクゆすぶった。けれどもハラムはビクともしなかった。軽々と妾を抱えたまま長椅子の前に突立って、妾の顔をマジリマジリと見詰めているきりだった。
「……ヨウ……ハラムったら、教えてよう。どうして妾こんなに淋しいんだか……。お前は妾の家来じゃないか。何でも妾の云い付け通りの事をしてくれなくちゃダメじゃないの……お前はいつも妾の云いつけ通りに……」
ハラムがやっと表情を動かした。妾の瞳の底の底をのぞき込むように、青黒い瞳を据えたまま……赤い大きな舌を出して、口のまわりの鬚《ひげ》をペロリと甞《な》めまわした。そうしてシンミリとした、落ち付いた声を出した。
「……わかりまして御座います……お姫《ひい》様……何もかも運命で御座います」
ハラムは、そうした気持ちの妾を又も軽々と抱き上げて、ノッシノッシと歩きながら、室《へや》の真中に在る紫檀《したん》の麻雀《マージャン》台の前に来た。それは牌《パイ》なんか一度も並べた事のない、妾達の食卓になっていた。その前に据《すわ》っている色真綿《いろまわた》の肘掛椅子の中に妾の身体《からだ》を深々と落し込むと、その上から緞子《どんす》の羽根布団を蔽いかぶせて、妾の首から上だけ出してくれた。
ハラムのこんなシグサは、まったく、いつもにない事だった。けれども妾は別段に怪しみもしないで、される通りになっていた。今から考えると、その時の妾の恰好《かっこう》は、ずいぶん変デコだったろうと思うけど……。
そればかりじゃなかった。ハラムは平生《いつも》のようにパンカアを引き動かして、妾の身体《からだ》を乾かしてくれる事もしなかった。そんな事は忘れてしまったように、室《へや》の隅から籐椅子《とういす》を一つ、妾の前に引き寄せて来て、その上に威儀堂々とかしこまった。そうして塔のように捲き上げたターバンを傾けて、妾の瞳にピッタリと、自分の瞳を合せると、そのまま瞬《またた》き一つしなくなった。妾も仕方なしに、真綿の椅子の中で羽根布団に埋《うずま》ったまま、おなじようにしてハラムの顔を見上げていた。
籐椅子がハラムの大きな身体《からだ》の下でギイギイと鳴った。
その時にハラムは底深い、静かな声で、ユルユルと口を利きはじめた。妾の瞳をみつめたまま……。
「……何事も運命で御座います。妾は、お姫《ひい》様の運命をはじめからおしまいまで存じているので御座います。あなた様の過去も、現在も、未来の事までも、残らず存じ上げているので御座います。この世の中の出来事という出来事は、何一つ残らず、運命の神様のお力によって出来た事ばかりなのでございます」
ハラムの顔付きがみるみるうちに、それこそ運命の神様のように気高く見えて来た。ターバンのうしろに光っている海月色《くらげいろ》のシャンデリヤまでが、後光のように神秘的な光りをあらわして来た。それにつれてハラムの低い声が、銀線みたいに美しい、不思議な調子を震わしはじめた。
「……その運命の神様と申しまするのは、竈《かまど》の神、不浄場《ふじょうば》の神、湯殿の神、三ツ角《かど》の神、四つ辻の神、火の山
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