の神、タコの木の神、泥海の神、または太陽の神、月の神、星の神、リンガムの神、ヨニの神々のいずれにも増して大きな、神々の中の大神様で御座いまする。その運命の大神様の思召《おぼしめ》しによって、この世の中は土の限り、天の涯《はし》までも支配されているので御座います」
 妾はハラムの底深い声の魅力に囚われて、動くことが出来なくなってしまった。電気死刑の椅子に坐らせられて、身体《からだ》がしびれてしまったようになってしまった。大きな呼吸《いき》をしても……チョイト動いても、すぐに運命の神様の御心に反《そむ》いて、大変な事が起りそうな気がして来た。
 そんなに固くなっている妾を真正面にして、ハラムは裁判官のように眼を据えた。なおも、おごそかな言葉をつづけた。
「……けれども……けれども……御発明なお姫《ひい》様は、今朝《けさ》から、それがお解りになりかけておいでになるので御座います。……お姫《ひい》様は今朝《けさ》から、眼にも見えず、心にも聞えない何ものかを探し求めておいでになるので御座います。……で御座いますから、そのようにお淋しいのでございます」
 妾は返事の代りに深いため息を一つした。そうして今一度シッカリと眼を閉じて見せた。ハラムのお説教の意味がすきとおるくらいハッキリと妾にわかったから……。
 ハラムは毛ムクジャラの両手を胸に押し当てて、黄色いターバンを心持ち前に傾《かし》げていた。その青黒い瞳をジイと伏せたまま、洞穴《ほらあな》の奥から出るような謙遜した声を響かした。
「……おそれながら私は、今日という今日までの間、運命の神様のお仕事が、お姫《ひい》様の御身《おみ》の上に成就致しまするのを、来る日も来る日もお待ち申しておったので御座います。それを楽しみに明け暮れお側にお付き添い申上げておったので御座います。眼に見えぬ運命の神様のお力を借りまして、あの赤岩権六様を、あなた様にお近づけ申し上げましたのも、かく申す私なので御座います。それから、あの共産党の中川さまを、お伽《とぎ》におすすめ致しましたのも、ほかならぬ私めが仕事で御座いまする。そうして、かように申しまする私が、赤岩様のお眼鏡に叶いまして、あなた様の御守役として、御奉公が叶いまするように取り計らいましたのも、皆、この私めが、私の霊魂を支配しておられまする神様の御命令によって致しました事なので御座いまする」
 ハラムはここまで云いさすと、何故だかわからないけれどもフッツリと言葉を切ってしまった。つっ伏したまま黙りこくって、身動き一つしなくなった。それにつれて、その下の籐椅子の鳴る音が、微かにギイギイときこえて来た。運命の神様の声のように、おごそかに……ひめやかに……。
 妾《わたし》は今までに泣いた事などは一度もなかった。人間が何人殺されたって、どんなに大勢からイジメられたって、悲しいなんか思ったことはコレッばかしもなかった。それだのにこの時ばっかりは、何故ともわからないまんまに、泪《なみだ》が出て来て仕様がなかった。ハラムのお説教とは何の関係もなしに胸が一パイになって来て仕様がなかった。何が悲しいのかチットモ解からないのに泣けて泣けてたまらなかった。
 ……すると、そのうちに何だか胸がスウ――として来たようなので、妾は羽根布団からヒョイと顔を出してみた。
 両方の眼をこすって見るとハラムはまだ妾の前に頭を下げている。妾を拝むように両手を握り合わせて、両股を広々と踏みはだけている。そうして心の中《うち》で御祈祷か何かしているらしく、唇をムチムチと動かしている。
 そうしたハラムの姿を見ているうちに、妾はフッと可笑《おか》しくなって来た。何だか生れかわったように気が軽くなって、思わずゲラゲラと笑い出してしまった。
 ハラムはビックリしたらしかった。白眼をグルグルとまわしながら顔を上げて、妾の顔をのぞき込んだから、妾はもう一度キャラキャラと笑ってやった。
「……ハラムや御飯をちょうだい……」
「……ハ……ハイ……」
 ハラムは面喰らったらしかった。妾のために一生懸命で、ラドウーラ様をお祈りしていた最中だったらしく、毒気を抜かれたように眼ばかりパチクリさせていた。
「それからね。御飯が済んだら、妾に運命を支配する術を教えて頂戴ね。自分の運命でも他人の運命でも、自分の思い通りに支配する術を教えて頂戴……あたし……悪魔の弟子になってもいいから……ネ……」
「……ハ……ハ……ハイ……ハイ……」
 ハラムはイヨイヨ泡を喰ったらしかった。ムニャムニャと唇を動かしていたが、やがて、こんな謎のような言葉を、切れ切れに吐き出した。
「……運命の神様……ラドウーラ様の前には……善も……悪も……御座いませぬ」
「ダカラサ。何でも構わないから教えて頂戴って云ってるじゃないの……あたしの運命を、お前の
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