力で、死ぬほど恐ろしいところに導いてくれてもいいわ」
 ここまで云って来ると妾は思わず羽根布団を蹴飛ばしてしまった。妾のステキな思い付きに感心してしまって、吾《わ》れ知らず身体《からだ》を前に乗り出した。両手を打ち合わせて喜んだ。
「いいかい。ハラム。妾はまだハラハラするような怖い目に会った事が一度もないんだから、お前の力でゼヒトモそんな運命にブツカルようにラドウーラ様に願って頂戴……妾は自分で気が違うほど怖い眼だの、アブナッカシイ眼にだの会ってみたくて会ってみたくて仕様がないんだから」
「……ハイ……ハハッ……」
 ハラムはやっと息詰まるような返事をした。
「その代りに御褒美には何でも上げるわ。妾はナンニモ持たないけど……妾のこの身体《からだ》でよかったらソックリお前に上げるから、八ツ裂きにでも何でもしてチョウダイ」
 ハラムはイヨイヨ肝《きも》を潰したらしかった。眼の玉を血のニジムほど剥き出した。唇をわななかして何か云おうとした。……と思うと、その次の瞬間には、みるみる血の色を復活さして、身体《からだ》じゅうを真赤な海老茶色《えびちゃいろ》にしてしまった。口をアングリと開いて、白い歯をギラギラ光らせながら、思い切って卑《いや》しい……獣《けだもの》のような……声の無い笑い顔をした。
 その顔を見ているうちに妾はヤットわかった。ハラムの本心がドン底までわかってしまった。ハラムは運命の神様のマドウーラ様から、この妾を生涯の妻とするように命令《いいつけ》られているに違いなかった。
 ハラムはズット前から、妾に死ぬほど惚れ込んでいたに違いない。そうしてその悪魔みたいな頭のよさと、牡牛のような辛棒強さとで、妾の気象《きしょう》を隅から隅まで研究しながら、妾の心を捉える機会を、毎日毎日、一心にねらい澄ましていたにちがいない。
「オホホホホホ。おかしなハラム……そんなに真赤にならなくたっていいよ。妾は嘘を吐《つ》かないから……その代りお前も嘘を吐《つ》いちゃいけないよ」
 ハラムは幾度も幾度も唾液を呑みこみ呑みこみした。御馳走を見せつけられた犬みたいに眼を光らせながら……。
「キット……キットお眼にかけます。ハイ。ハイ。私はお姫《ひい》様の奴隷で御座います。ハイ……私は……私はまだ誰にも申しませぬが、世にも恐しい……世にも奇妙なオモチャを二つ持っております。印度のインターナショナルの言葉で『ココナットの実』と申しますオモチャを二つ持っております。それは輸入禁止になっておりまする品物でナカナカ手に這入らない珍らしいもので御座いますが、私は、その取次ぎを致しておりまするので……」
「そのオモチャは何に使うの……云って御覧……」
 ハラムは急に両手をさし上げた。いかにも勿体《もったい》をつけるように頭を烈《はげ》しく振り立てた。
「イヤ……イヤイヤイヤ。それは、わざと申し上げますまい。お許し下さいませ。只今はそれを申上げない方が、運命の神様の御心に叶うからで御座います。……しかし……それはもう間もなく、おわかりになる事で御座います。私はその『ココナットの実』を、きょう中に二つとも、ある人の手に渡すので御座います。その方は、お姫《ひい》様がよく御存じの方で御座いますが……そうしますると、その『ココナットの実』が、その方と、それから矢張り、お姫《ひい》様がよく御存じのモウ一人の方の運命を支配致しまして、お二方《ふたかた》ともお姫《ひい》様のところへは二度とお出《い》でになる事が出来ないような、恐ろしい運命に陥られる事になるので御座います。お姫《ひい》様の眼の前で……お身体《からだ》の近くで、そのような恐ろしい事が起るので御座います。そうして……そうして……お姫《ひい》様は……お姫《ひい》様は……」
「ホホホホホホ。キットお前一人のものになると云うのでしょう」
 ハラムは真赤な上にも真赤になった。眼に泪《なみだ》を一パイに溜めた。口をポカンと開いて、今にも涎《よだれ》の垂れそうな顔をしたが、両手をさし上げたまま床の上にベッタリと、平蜘蛛《ひらぐも》のようにヒレ伏してしまった。
「もういいもういい。わかったよわかったよ。それよりも早く御飯の支度をして頂戴……お腹がペコペコになって死にそうだから……」

 妾のお腹の虫が、フォックス・トロットとワルツをチャンポンに踊っていた。そこへ美しい印度式のライスカレーが一皿分|天降《あまくだ》ったら、すぐに踊りをやめてしまった。妾はお腹の虫の現金なのに呆れてしまった。それからハラムの御自慢の、冷めたいニンニク水をグラスで二三杯流し込んでやると、虫たちはイヨイヨ安心したらしく、グーグーとイビキをかいて眠り込んでしまった。だから妾もすぐに、寝台の上に這い上って、羽根布団にもぐり込んで寝た。死んだようにグッスリと眠って
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