ソレッ切りで、目出度《めでた》し目出度しになっていたかも知れません。アンナ空恐ろしい思いをさせられないまま、音も香《か》もなく土になってしまったかも知れないのですがね……。

 それから約二週間ばかり経った、或る暑い日のことでした。炭坑王、谷山家の一粒種の女主人公で、両親も兄弟も無い有名な我儘者《わがままもの》で、同時に小樽から函館へかけた、社交界の女王と呼ばれていた、龍代《たつよ》さんと称する二十三歳になる令嬢が、小母さんと称する、中年の婦人を二三人お供に連れて、愛別から出来た新道をドライヴしながら、突然に、エサウシ山下の別荘へ遣って来たのです。そうして私は間もなく、その令嬢のお眼に止まる事になったのです……ええ。そうなんです……お話のテムポが非常に早いようですが、事実ですから致し方がありません。尤も後から聞いてみますと、その我儘女王の龍代さんは、小樽の本宅に廻って来たA記者の報告によって、私の事を承知するや否《いな》や、たまらない好奇心に馳《か》られたらしく、何も彼《か》も放《ほ》ったらかして、私を見に来たものだそうですが、しかも来て見るや否やタッタ一眼で、氏《うじ》も素性も知れな
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