い風来坊の私を捉まえて、死んでも離さない決心をしたというのですから、その我儘さ加減が如何に甚《はなはだ》しいものがあったかが、アラカタお察し出来るでしょう。
 ……どうも惚《のろ》けを申上るようで恐れ入りますが……しかし又一方に、私も私です。只今申しました通りに過去の記憶を喪失《なく》していることをハッキリ自覚していたんですから、万一、ズット以前に約束した女が居はしなかったか……ぐらいの事は、その時にチョット考えてみる必要があったかも知れないのですが、ミジンもそんな事に気が付かずに……むろん私共の背後《うしろ》で、Aが赤い舌を出していようなぞとは夢にも気付かないまま、妖艶《ようえん》溌剌《はつらつ》を極めた龍代の女王ぶりに、魂を奪われてばかりおりましたのは、何といっても一生の不覚でした。或はこれが運命というものだったかも知れませんがね。……ハハハ……。
 その結果は、改めてお話する迄もなく、世間周知の事実ですから略させて頂きます。ただ私がその龍代の超特級な我儘と、A記者の不思議なほど熱心な仲介に依りまして、谷山家の養子に納まる事になりますと、何よりも先に驚かされた事実が三つありました事
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