にめぐらしていたケダモノが、その新聞記者だったのです。……ええ……そうですね。それじゃソイツの名前を思い出すまで仮りにAとでも名付けて、お話を進めておきますかね。
何でもそのAという男は、谷山家の内情に精通している、お出入り同様の新聞記者で、熊狩や、スケートの名人だと自称しておりましたが、それは恐らく事実だったのでしょう。体格のいい、色の黒い、眼の光りの鋭い、如何《いか》にも新聞記者らしいツンとした男でしたがね。そんな風にして私を、谷山家の別荘に引止めながら、色んな事を質問したり、話しかけたりして、私の記憶を回復させよう回復させようと努力していたようです。
ええ。もちろんそうですとも。とりあえず私の記憶を回復させた上で、素晴らしい新聞種を絞り出してくれようと思っていたに違い無いのですが、生憎《あいにく》なことにその結果は、全然、徒労に帰してしまいました。私の脳髄から蒸発してしまった過去の記憶は、モウ疾《と》っくにシリウス星座あたりへ逃げ去っていたのでしょう。それから後《のち》、容易な事では帰って来なかったのですが……。
もっともその時に万一、私が過去の経歴を思い出していたら、話は
前へ
次へ
全52ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング