うち半信半疑だったと申しますが、それは当然の事だったでしょう。初めから終《しま》いまで非常識を通り越した事実ばかりですからね。……しかも念のために病院に保管して在ったAのボロボロの登山服を調べてみると……ドウでしょう。Aの言葉が一言一句、真実に相違ない事を証明するに十分な、畑中昌夫と谷山秀麿の戸籍謄本や、新聞紙面の複写フィルムを、内ポケットから探し出したばかりでなく、メチャメチャに壊れたAのカメラの中に、タッタ一枚無事に残っていた、私の妻子のグロ写真を現像する事にまで成功したではありませんか。
 副院長はそこで初めて、Aの精神異常の回復が、谷山家の重大問題となるであろう事実に気が付いたものでした。そこで早速、私に宛てた至急親展で、事のアラマシを通知して、事実かどうかを問い合わせて来た訳ですが、その手紙を受取った時には私も、思わずシインとなりましたよ。
 むろんその手紙には、学術研究のために問合せるのだから、仮令《たとえ》事実であっても絶対秘密にする……云々という追而書《おってがき》が添えてありましたし、問題の龍代も、最早トックにお位牌になっていた時分のことですから、私の心配も半分以下で
前へ 次へ
全52ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング