来る。その恐ろしさ……道もわからない藪畳《やぶだたみ》や、高草の中を生命《いのち》限りの思いで逃げ出して行っても、相手はソンナ処に慣れ切っている半野生化した女ですから、それこそ飛ぶような早さです。おまけにドウしてもAをタタキ倒して、息の根を止めなければならぬ。……子供の安全を計らなければならぬと思い詰めた、母性愛の半狂乱で飛びかかって来るのですからたまりません。
 息も絶え絶えのまま野を渡り山を越えて、方角も何も判然《わか》らなくなってしまっても、まだザワザワと追いかけて来る音がする……と思ううちに思いもかけぬ横あいから、銃身を振り翳《かざ》した裸体《はだか》女が、ハヤテのように飛び出して来る。驚いて崖から転がり落ちると、女も続いてムササビのように飛び降りる。小川を躍り越せば女も飛び越す。それが男よりもズット敏捷《びんしょう》で、向不見《むこうみず》と来ているのですから、Aはイヨイヨ仰天《ぎょうてん》して、悲鳴を揚げながら逃げ迷う。その中《うち》に日暮れ方になると、女はヤット転把《テンパ》の上げ方を会得したらしく、数十間うしろから立て続けに二三発撃ち出しましたが、その最後の一発が思いが
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