石狩川の方向で、二三発の銃声が聞えて以来、パッタリと影を消してしまった自分の夫を、監獄からの追跡者に殺されたものとばかり思い込んでいた妻の久美子が、カーキ色の登山服に、ライフルを担《かつ》いだAの姿をチラリと見るや否や、おなじ監獄からの追跡者と早合点したのは無理もない話でしょう。……何の気もなく五連発の旋条銃《ライフル》を担いで、フキやイタドリの深草を潜りながら、一軒屋に近付いて行ったAは、背後から不意打に、猛獣みたような者に飛び付かれたので、アット思う間もなく飛び退《の》いてみると、そこにはタッタ今奪い取ったばかりの旋条銃《ライフル》を構えた、全裸体《まるはだか》の女が、物凄い見幕で立ちはだかっている。幸いにして引金の転把《テンパ》が上がっていなかったので、ダムダム弾の連発を喰らわされる事だけは助かった訳ですが、それにしても女の見幕の恐ろしさには、流石《さすが》のAも震え上ったのでしょう。女が転把《テンパ》の上げ方を知らないで、間誤間誤《まごまご》している隙《すき》を狙って、一足飛びに逃げのくと、あとから銃身を逆手に振上げた女が、阿修羅のように髪を逆立《さかだ》てて逐蒐《おいか》けて
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