化を極めた石狩川を遡《さかのぼ》って来た訳でしたが、幸運にもその一軒家の主人公らしい怪人物を発見すると間もなく、取り逃がしそうになりましたので、思い切って私を威嚇《いかく》すべく、頭の上を狙って二三発、実弾を発射したものに過ぎませんでした。
ですからAが、その時にドレくらい狼狽致したかは、御想像に難くないでしょう。すぐに畳ボートを押し出して、危険を犯しながら激流の中を探しまわりました、そのうちに、どうしても私の死骸が見付からない事がわかりますと、今度はタマラナイ空恐ろしい気持になって来ました。
Aは度々申しました通り、冒険好きの新聞記者です。つまり普通とは違った神経を持っていた訳ですから、人間を一人や二人、ソッと見殺しにする位のことは、何とも思わない性格の男に相違ないのでしたが、しかし……何しろ人跡絶えた山奥の谿谷《けいこく》で、水の音ばかり聞こえる寂寞《せきばく》境ですからね。そんな処で思いがけなく、奇妙な恰好をした丸裸体《まるはだか》の人間を一匹撃ち落したのですからね。……何ともいえない鬼気に迫られたのでしょう。四五日もかかって遡った急流|激潭《げきたん》を、タッタ一日で走り下
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