した洋装の青年が、最前お話しました新聞記者のAであったことは、申すまでもありません。同時に、この時に響いた二三発の銃声こそはAが私の運命を手玉に取り初めた、その皮切りの第一着手であったことも、トックにお察しが着いていることでしょう。
但《ただし》……ここでチョットお断りしておきたいのは、この時までAが、私に対して、別段に、深刻な野心を持っていなかった事です。むしろAは私という奇妙な人間を発見して、タマラナイ好奇心を挑発されて行くうちに、いつの間にか悪魔的な、残虐趣味の世界へ誘い込まれて行ったもの……と考えてやった方が早わかりする事です。
手早く申しますとAは、新聞記者一流の功名心に駆られた結果、夏の休暇を利用して、旭岳の麓の一軒屋の怪奇を探りに来た人間に過ぎなかったのです。……政敵、函館時報社の飛行機に先鞭《せんべん》を付けられて、地団太《じだんだ》を踏んでいた小樽タイムス社と、その後援者ともいうべき谷山家の援助を受けまして、畳《たたみ》ボートと、食糧と、それから腕におぼえのある熊狩用の五連発|旋条銃《ライフル》を担《かつ》ぎながら、深淵《しんえん》と、急潭《きゅうたん》との千変万
前へ
次へ
全52ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング