ラ下げまして、下の石原に降り立って、岩の間の淀みに迷う鱒や小魚を、掬《すく》い上げ掬い上げしておりました。
すると……どうでしょう。まだホンの五六匹しか掬い上げていないと思ううちに、ツイ向うの川隈の岩壁の蔭から、中折帽を眉深《まぶか》に冠《かぶ》った洋装の青年が、畳《たた》みボートを引っぱりながら、ヒョックリと顔を突き出したではありませんか……。
……私はその青年と暫《しばら》くの間、顔を見交したまま立ち竦んでいたようです。しかしその中《うち》に電光のように……これはいけない……と気が付きますと、大切なタマ網を腰巻の紐に挿すや否や、崖にブラ下がっていた綱に飛付いて、一生懸命に攀《よ》じ登り初めました……が……しかしモウ間に合いませんでした。まだ半分も登り切らないうちに、思いがけない烈しい銃声が二三発、峡谷の間に反響して、私の縋《すが》っていた綱が中途からプッツリと撃ち切られました……と思うと、一旦、岩の上に墜落しました私は、心神喪失の仮死状態に陥ったまま、苔《こけ》だらけの岩の斜面を、急流の中へ辷《すべ》り落ちて、そのまま見えなくなってしまったものだそうです。
この時に私を撃ち落
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