んか。しかも今頃になって……ハハハ……」
と打消すには打消したものの、それでも押え切れない不吉な胸騒ぎをドウする事も出来ないまま、立ち竦《すく》んでいたことでした。
私はそれから後《のち》、四五日の間というもの、ドウしても遠くに出歩《であ》るく気がしなかったものです。むろん写真まで撮られていようなぞいう事は、夢にも気付きませんでしたので、ただ、私共の居る神秘境をダシヌケに掻き乱して行った巨鳥の姿を、思い出しては溜め息しいしい、家《うち》の周囲の畠ばかりをいじくっていたものですが、そのうちに又、眼の前に差迫っている冬籠《ふゆごも》りの用意の事を思出しますと、何がなしにジッとしては居られなくなりましたので、お天気のいいのを幸いに、手製のタマ網を引っ担《かつ》いで、鱒《ます》をすくいに出かけました。
久美子はその時にも、不安そうな顔をして私を引止めましたが、矢張《やは》り虫が知らせたとでも申しましょうか。それを振り切って山を下りまして、紅山桜《べにやまざくら》や、桂の叢林を分けながら、屏風《びょうぶ》を切り立ったような石狩本流の崖の上まで来ますと、生木《なまき》の皮で作った丈夫な綱をブ
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