ておりました女給の鞆岐《ともえだ》久美子というのが、遥々、北海道まで尋ねて来て、思いがけなく面会に来てくれたのです。
 この事実は間もなく新聞紙上に伝えられまして、活動写真にまで仕組まれたそうですから、御存じの方もありましょうが、何を隠しましょう。私はその時に、彼女から受けました巧妙な暗示と、係官に怨恨《うらみ》を抱いておりました同囚の者の同情とに依りまして、何の苦もなく脱獄を決行する事が出来たのです。……しかもその脱獄の方法というのが、特に私の生命に拘《かか》わる重大問題でありまして、同時に同囚の恩人たちにも、非常に迷惑のかかる話ですから、こればかりはこの口を引裂かれてもお話出来ないのです。……が……ともかくもそのような事情で、首尾よく逮捕の手をのがれました私は、彼女と共に石狩川の下流を越えまして、例の絶対安全の神秘境に恋の巣を営むことになったのです。
 もっともコンナ風に話して参りますと、何のことはないお伽話《とぎばなし》みたような筋道になってしまいますが、併《しか》し、そこまで来る間の私共の辛苦|艱難《かんなん》と、それから後《のち》の孤軍奮闘的生活といったら、優《まさ》にロビン
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