、駒場の農科大学に入学して、卒業間際になっていた者ですが、九州人の特徴として、器量も無い癖に政治問題の研究に没頭した結果、当時の大政党憲友会の暴状に憤慨し、同会総裁、兼、首相であった白原圭吾《しろはらけいご》氏を暗殺して終身懲役に処せられ、北海道|樺戸《かばと》の監獄に送られて間なく脱獄し、爾来《じらい》、杳《よう》として消息を絶っていた者……と申しましたら、その他の細かい履歴は申上げずとも宜《よろ》しいでしょう。暗殺、逮捕、脱獄の前後を通じて、全国の新聞紙に仰々しく掲載されていたものですからね……。
しかしその中《うち》に唯一つ、私の脱獄の理由として新聞紙上に伝えられていたものが皆、飛んでもない間違いばかりであった事は、誰も気付かないでいるでしょう。再度の暗殺決行とか、社会主義的潜行運動のためとか、又は露西亜《ロシア》への逃亡のためとかいったような風説が皆、御念の入った当てズッポーばかりで、天下を聳動《しょうどう》した私の脱獄の動機なるものが、実は他愛もないモノであった事を知っている人間は、そう沢山には居ない筈です。
私が樺戸に落付いてから間もなくの事でした。東京で恋の真似事をし
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