のまごころを、欺し得ないで貴方と結婚しました。その深い罪のお詫びは、仮令《たとえ》、この儚《はか》ない玉の緒《お》が絶えましてもキットお側に付添うて致します。……お別れしたくない……子供の事を呉々《くれぐれ》もお願いします。妾のまごころをタッタ一人信じて下さる貴方のお心に、お縋《すが》りして死んで行きます。今はただ天道様の無情を怨《うら》むばかり……といったような、それはそれは哀切を極めたものでしたが、その文句には全く泣かされましたよ。ハハイ。昔の我儘はアトカタもない。……透きとおるほどの純情と、理智とに責められた……弱々しさと美しさとに満ち満ちた……ハハイ……。
 むろんその時も私は、谷山家を出る考えなんか毛頭《もうとう》ありませんでした。ハイ。世の中の事はすべて運命ですからね。
 しかし谷山家の連中はその時に、トテモ狼狽したらしいのです。何しろ、一生懸命になって秘し匿《かく》していた、谷山家の忌《いま》わしい血統が、龍代の自殺をキッカケにして、世間に暴露しそうになったのですからね。警察と新聞社に頼み込んで極力、事情を秘密にしてもらう一方に、今となって私に逃げられては一大事と思ったの
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