が、腰を屈《ま》げているので背丈の高さはわからない。
「ヘヘッ。……初めやがった。どこの工場だろう」
 と三好が朗らかな口調で云った。三人は黙って見ていた。
 そのうちに事務員風の男が、自分の影法師を踏み踏み、コートの真中あたりまで来たと思うと、その背後《うしろ》から、急に歩度を早めた菜葉服の男が躍りかかって、無帽の男の頭を黒い棒で殴り付けた。事務員風の男は一タマリもなく、黒い鞄を投出してバッタリと俯向《うつむ》けに倒おれた。
「アッ。殺《や》りおったぞ……」
 と又野が引返して駆出そうとするのを、三好と戸塚が腰に抱き附いて引止めた。
「……馬鹿……まあ見てろ……」
「……何……何かい……」
 行きかけた又野が青くなって振返った。歯の根をガタガタいわせていた。
「……ヒ……人殺しやないか……」
 三好が白い歯を剥出《むきだ》して笑い笑い又野の前に立塞《たちふさ》がった。
「アハハ……馬鹿だな。よく見てろったら……あれあ芝居だよ。芝居の稽古だよ。第三工場の奴かも知れねえ」
 又野が太い溜息を吐《つ》いた。そのまま棒立ちになって見ていた。
 テニス・コートの上の菜葉服は、黒い棒を投棄てた。
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