を上げたと思うと中野学士は、背中と尻のふくらみを又野の両手に掴まれたまま、軽々と差上げられていた。
又野は怒りの余り、中野学士を火の海へ投込むつもりらしかったが……トタンに、それと察した中野学士が無言のままメチャクチャに手足を振まわし初めたので、又野は思わずヨロヨロとなってデッキの端に立止まった。
その時に誰かわからない真黒い影が、突然に平炉の蔭から飛出して来た。又野の腰を力一パイ突飛ばすとそのまま、後も見ずに逃げて行った。
「アッ……」
と又野は前へのめったが、振返る間もなく中野学士を掴んだままギリギリと一廻転して、真逆様《まっさかさま》に落ちて行った。
しかし又野は下まで落ちて行かなかった。
ちょうど又野の両足の間に、鉄板の腐蝕した馬蹄型の穴が在った。そこに又野の左足の踵《かかと》が引っかかったために、片足で逆釣りに釣られたまま中野学士の背中と尻をシッカリと掴んでいた。同時に中野学士の顔は、四尺ばかりを隔てた真上から火の海に直面してしまったので、その恐ろしい火熱に焙《あぶ》られた中野学士は地獄のような悲鳴をあげた。
「……ガガアーッガガアーッ……助けて助けてッ……」
金
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