頭が良過《よす》ぎたんだ」
「……………」
「ねえ。そうでしょう。今貴方がお穿きになっているその新しい太陽足袋ですね。そいつがきょう、テニス・コートで物をいっちゃったんでさあ。あの話は、ほかの連中もみんな聞いているんですからね。あっしが出る処へ出れあ、証人はいくらでも……」
「よしッ。わかったッ。もう云うな……半分くれてやる」
「エッ。半分……」と戸塚が叫んだ。
「……ヘエッ……半分ですって……」
「同じ事を二度とは云わん。テニスの道具を蔵《しま》ってあるあの部屋のラケット箱の下に床板の外れる処が在る。その下に在る新聞紙包みをここへ持って来い」
 戸塚は茫然となって相手の顔を見た。相手の顔はニコニコしていた。
「……馬鹿……何をボンヤリしているんだ。その新聞紙包みをここに持って来いよ。分けてやるからな。テニス倉庫の鍵はこれだ。ホラ……」
 戸塚は何という事なしに、慌てて頭を一つ下げた。鍵を受取ってポケットに入れようとしたが、その一|刹那《せつな》に片手でデッキの欄干《てすり》に掴まっていた中野学士が鮮やかな足払いをかけた。
「アッ」と叫ぶなり戸塚はモンドリ打って火の海へ落ちて行った。

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