所の内外はこの話で持ち切った。又野の処へ改めて話を聞きに来る者もチョイチョイ出て来たが、又野は五月蠅《うるさ》がって何も話さなかった。ほかの二人の職工を引合いに出すような事もしなかった。

       四

「なあ又野……戸塚の野郎が、何か大事な事を云い忘れているってこの間、警察署を出てから云ったなあ……暗い横町で……」
「ウン。云うとったが……それがどうかしたんかい」
「イヤ。別にどうって事はねえんだけど……」
 菜葉服の三好と又野が、テニス・コートの審判席の処に跼《しゃが》んでいた。二人の背後《うしろ》にはまだ半枯れのコスモスが一パイに咲き乱れていた。久し振り半運転にした汽鑵場裏は、物を忘れたようにシインとして、晴れ渡った青空から太陽が暑いくらい降り注いでいた。
 瘠せっぽちの三好は神経質らしく、擬《まがい》鼈甲縁《べっこうぶち》の眼鏡をかけ直して云った。
「戸塚の野郎は、俺あ赤じゃねえかと思うんだがなあ」
 逞ましい腕を組んでいた又野が血色のいい顔を不愉快そうに撫でまわした。
「どうしてかいな」
「どうしてって事もねえけど、何だかソンナ気がするんだ。第一、彼奴《あいつ》はツイこ
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