俺も思い出いた。云うのを忘れとった。四角に折ってあったなあ」
 又野が、悪い事をした子供のように肩を窄《すぼ》めた。その横で戸塚が冷笑した。
「アハ。汗を拭くのは大抵ハンカチにきまってるじゃねえか」
「ウン。それもそうじゃなあ」
「しかし出来るだけ詳しく話せって云ったからな」
「ウン。それあそう云ったさ。しかしハンカチ位の事あ、どうでもいいだろう」と戸塚が事もなげに云い消した。三好が頭を掻いた。
「そうだろうか」
「そうだともよ。ナアニ。じきに捕まるよ。指紋てえ奴があるからな」
「木工場も鋳物工場の奴等も、呉工廠《くれこうしょう》から廻わって来た仕事が忙がしいので、犯人が通ったか通らないか気が付かなかったらしいんだな。なあ戸塚……お前が通り抜けた時も、何とも云わなかったかい」
「ウン。慌てていたせいか、鋳型を一箇所|踏潰《ふみつぶ》したんで、怒鳴り付けられただけだ」
 又野が大きな欠伸《あくび》を一つした。
「ああ睡むい。帰ろう帰ろう」
 しかし三人の職工の予期に反して、この犯人はなかなか捕まらなかった。
 二千人以上居る職工の身元の全部が、虱潰《しらみつぶ》しに調べ上げられたが、その
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