子を脱いで頭を掻き掻き云った。
「俺は何だか大切な事を一つ警察で話し忘れて来たような気がするがなあ」
「何だい。すっかり話しちゃったじゃねえか」と戸塚が眼をパチパチさせた。
「ウン俺も何か知らん、一番大切な事をば云い忘れて来たような気がしてならん」
又野が街燈の光りを仰ぎながら初めて微笑した。戸塚が、その顔を振返りながら不安らしく云った。
「何も忘れた事あねえぜ。西村さんが殺されてよ……軍手をはめた手でなあ」
「そうよ。あの鉄の棒は警察で引上げて行ったろう。四分の一|吋《インチ》ぐらいの細いパイプだったが……なあ又野……」
「ウン。犯人は地下足袋を穿いとったって俺あ云うたが……」
「ウン。俺も地下足袋だと云ったがなあ」
「犯人が木工場へ這入るとコスモスの処を風が吹いたなあ」
「馬鹿。そんな事を云ったのかい」
「見た通りに云えと云うたから云うたてや」
「アハハハハハ犯人とコスモスと関係があるのかい……馬鹿だなあ」
「アッ。そうだ。あの菜葉服の野郎が白いハンカチで汗を拭いたって事を云い忘れてた」
と云ううちに三好が唇を噛んで警察の方向を振り返った。
「ウン。そうじゃそうじゃ。そういえば
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