ないコスモスの花が咲乱れる頃になると、十月十七日の起業祭が近付いて来るので、正午《ひる》休みの時間に、時々職工達が芝居の稽古に来る事があった。
秋日のカンカン照っているテニス・コートの上で、菜葉《なっぱ》服の職工連が、コスモスの花を背景にして、向い合ったり、組み合ったりして色々なシグサを遣《や》るのはナカナカの奇観であった。近まわりの工場の連中がワイワイ取巻いて見ているうちに、お釜帽《かまぼう》を冠った機械油だらけの職工が、板片《いたきれ》の上に小石を二つ三つ並べて、腰元らしく尻を振り振り登場すると皆、一時にドッと笑い出したりした。勿論セリフは全くわからないし、身形《みなり》も作らない作業姿なので、最初は何が何だかサッパリわからなかったが、だんだんと場面が進行するにつれて外題《げだい》がわかって来た。二人きりで相手を蹴倒おすのは「熱海《あたみの》海岸」。鉄砲を撃つのは「山崎街道」。大勢で棒を担いで並ぶのは「稲瀬《いなせ》川勢揃い」。中には何が何やらわからない新劇もあるが、そんなものでも誰云うとなく「嬰児殺し」だの「夜の宿」だのとわかって来るようになったので、しまいには一組も稽古に来な
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