スチームの音がしなかったが、その西村の顔をジロリと見た貴様が……イヤ……三好だっけな……スチームが一パイ這入ってれあここで鵞鳥を絞め殺したって、生きながら猿の皮を剥いだって大丈夫だ……てな事を云ったじゃないか」
「そんならそれを聞いた貴方と、三好と、あっしと、三人の中《うち》の一人が犯人でしょう」
「俺はソンナ事をする必要はない」
「必要はなくても貴方に間違いないですよ」
「何……何だと……」
「ヘヘヘ……あの時に貴方の仕事を、ズッと向うの事務所の前から拝見していたのは、あっしと三好と、又野の三人ですぜ。貴方は近眼だからわからなかったんでしょうけど……貴方は警察に呼ばれて話をしたのが又野一人と思っていらっしたんですか。又野が一番正直者ですから代表に名前を出されただけなんですぜ。ヘヘヘ……貴方にも似合わない迂濶《うかつ》な新聞の読み方をしたもんですなあ」
「……………」
「ねえ。そうでしょう。立役者は何といったって貴方一人だ。貴方にはチャンとした必要があったんだ。だからあの話から思い付いて、万が一にも抜目の無《ね》えつもりでキチンとした計画を立てたのが、いけなかったんですね。つまり貴方の頭が良過《よす》ぎたんだ」
「……………」
「ねえ。そうでしょう。今貴方がお穿きになっているその新しい太陽足袋ですね。そいつがきょう、テニス・コートで物をいっちゃったんでさあ。あの話は、ほかの連中もみんな聞いているんですからね。あっしが出る処へ出れあ、証人はいくらでも……」
「よしッ。わかったッ。もう云うな……半分くれてやる」
「エッ。半分……」と戸塚が叫んだ。
「……ヘエッ……半分ですって……」
「同じ事を二度とは云わん。テニスの道具を蔵《しま》ってあるあの部屋のラケット箱の下に床板の外れる処が在る。その下に在る新聞紙包みをここへ持って来い」
 戸塚は茫然となって相手の顔を見た。相手の顔はニコニコしていた。
「……馬鹿……何をボンヤリしているんだ。その新聞紙包みをここに持って来いよ。分けてやるからな。テニス倉庫の鍵はこれだ。ホラ……」
 戸塚は何という事なしに、慌てて頭を一つ下げた。鍵を受取ってポケットに入れようとしたが、その一|刹那《せつな》に片手でデッキの欄干《てすり》に掴まっていた中野学士が鮮やかな足払いをかけた。
「アッ」と叫ぶなり戸塚はモンドリ打って火の海へ落ちて行った。

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