うかなっていたので御座いましょう。何だか知りませんが恐ろしく周章《あわ》ててしまいました。大急ぎで天井裏の親子電球を引っぱり消して、垂れていた窓掛をマクリ上げて、硝子《ガラス》窓にオデコを押付けて(註=この硝子《ガラス》窓に押付けられた額の肌紋は、犬田博士も見落していた)眼を定めておりますと、思いがけない一人の大きな人間の姿が、眼の前の白壁の前を横切って、小使部屋の入口の方へ参りましたが、その時にその人間がタッタ今、普通の人間の二倍ぐらい麻酔を噛ませて来た小使の白髪《しらが》爺さんに相違ない事がわかりました時には、頭からゾーッと水を浴びせられたような気持になりました。しかもその白髪爺さんは、もう一度入口から出て来て、白壁の前を通抜けるのを見ますと、何だか白く光る刃物のようなものを……コンナ風に……逆手《さかて》に持っているようで……そいつが真正面を見詰めたまま反《そ》り身になって、解けかかった帯をダラリと背後に引ずりながら、神主さんみたいな足取りで、スウスウと真暗な松原の中へ曲り込んで行くようです。それを見ますと私はイヨイヨ恐ろしくてたまらなくなりましたので、女毛唐の死骸をホッタラかし
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