遊戯に閉口させられながらも、先代以来の恩を思って一途に忠義立てをしていた者であった事がその後、数次の取調《とりしらべ》によってヤット了解された事を附記し得るのみである。そうしてそのような事実が、この事件の本質的な興味とは全然、無関係なものであった事も、冒頭に述べた通りである。
 尚、犬田博士はこの時に、自分の研究の参考資料として、ロスコー家の刺青研究に関する書類を、事件に直接関係のない部分だけ貰い受けたいと申出たが、それは犯人の就縛後、一年半以上経過してから許可された。そうして惜しい事に、この間のR大学、法医学部の怪火事件の時に焼失してしまった事を併せて附記しておく。

 犯人はやはり犬田博士の推測通りの、五尺一寸足らずの小男であった。S岬事件の起る二週間前に、相当遠距離に在る刑務所を出ると間もなく、各地を荒しまわったために、R市方面へも手配されていたマヤクの音《おと》(本名堅村音吉三十七歳)という前科数犯で、家人に麻酔を呉《く》れて、騒がれない用心をして金品を奪うのを専門にしている有名な兇賊であったが、S岬事件後、六個月程経って、R市から百|哩《マイル》ばかり距たった大都市の遊廓で、
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