古い狃染《なじみ》の女と遊興中、同市の敏腕な刑事に怪しまれて逮捕されたものであった。
 その時の自白によると音吉は、R市の某|饂飩《うどん》屋で天丼を喰っているうちに、嘗てマリイ夫人を見に行った事のある中学生連中の雑談から、S岬の地形や、ロスコー家の建築の概要、生活状態なぞを聞出し、究竟《くっきょう》の稼ぎ場と考え付いた。それがちょうどあの土曜日の夕方だったので、その饂飩屋の電話室に這入って市内の石油ストーブ屋の名前を探し出して、その名前でロスコー氏の奉職している石油会社に電話をかけて給仕を呼出し「ロスコーさんに自宅でお眼にかかりたいが」と鎌をかけてみた。そうして「ロスコーさんは今夜はお宅へお帰りになりませんから、コチラへお出で下さい」という返事を聞くと、好機逸すべからずと思ったので、それ以外の事は全然無計画のまま、約二人分の麻酔薬を手に入れ、大胆にもR市の海岸に在る貸ボート屋の櫂《かい》を二本盗み出し、左右のクラッチの穴へ二本の手拭を通して櫂《かい》を結び付け、暗夜を便りにS岬の岩角に漕付《こぎつ》け、中学生の話の通りに岩山を越えてロスコー家に忍び寄り、先ず電話線と呼鈴《よびりん》線
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