……ヘエ……それなら致方《いたしかた》ござりません。何もかも白状致します。ヘエイ……。
 私はこう見えても江戸ッ児で御座りまして、本籍は神田の――町――番地という事になっております。あの辺で名高い八百久《やおきゅう》の料理番の子に生れまして、そのまんま若い時分から親の真似ごとをして八百久の大将に可愛がられておりましたもので……ヘイ。ところがでございます。人間てえものは腕がすこし出来て参りますと……どうも……そのヘヘヘ、ちっとばかり慢心致しまして、世話講釈の文句通りに飲む、打つ、買うの三道楽で、日本に居られなくなりましたので、一つ上海《シャンハイ》へ渡って、チャンチャンと毛唐の料理を習って一旗上げてやろうてんで、日清戦争のチョット前ぐらいで御座いましたか。上海《シャンハイ》へ渡るつもりで船へ乗りましたのが、間違って香港《ホンコン》へ着いてしまいましたので……ヘエ。私が船を間違えたのか、船が私を間違えたのか、そこんところがハッキリ致しませぬが、とにかく香港《ホンコン》へ下《おろ》されちまいましたので弱りました。
 ところが世の中てえものは妙なもので、何が仕合わせになるものかわかりません。そ
前へ 次へ
全58ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング