レとは全然手法が一致している事です。もっとも図柄は全然違います。ロスコー氏の左腕のは、錨と、海蛇を組合わせた海員仲間にありふれた種類のものです。これに反してマリイ夫人のは優しい花や星なぞですが、いずれも局部を麻痺させるためにコカインを使用したものらしくロスコー氏の背部のソレよりもかなり濃厚、明確な線を用い、図形が近代画の手法で歪《ゆが》められておりまして、雲や星なぞ、後期印象派の匂いの高い曲線や不整直線を用いている点が共通しているところを見ますと、夫人の肉体に対する若いロスコー氏の変態恋愛、もしくはマリイ夫人のロスコー氏に対するマゾヒスムス傾向の両者が生み出した要求のあらわれではないか。その結果こうした若い西洋婦人としては稀有の施術が行われたものではないかという事実が推定されるように思います。要するにロスコー氏の左腕の刺青はマリイ夫人に施術する前に、ロスコー氏が試験的に、最近式のコカイン墨の使用法を研究してみた者ではなかったでしょうか。
 尚、以上の事実を確かめるために、目下拘留中の東作老人に一度、面会させて頂く訳に行かないでしょうか。私が特別に自身で質問してみたい事がありますから」

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