係官の一行は今更のように狼狽した。まだ息を切らしている弓削医学士と一所《いっしょ》に現場に急行してみると、正に報告の通りで、裏庭の外海に面しているロスコー氏の病室内は、額縁や、薬瓶、植木鉢、泥、砂礫、草花、その他の器物や硝子《ガラス》の破片が、足の踏場もなく散乱している中に、脳漿《のうしょう》が飛散り、碧《あお》い両眼を飛出さしたロスコー氏が、鮮血の網を引被《ひっかぶ》ったまま穢《よご》れたピストルをシッカリと握って、寝台の上から真逆様《まっさかさま》に辷《すべ》り落ちている光景は、マリイ夫人の死状にも増して凄惨な、恐怖的なものであった。
警察の捜査方針はここに於て五里霧中に彷徨する事となった。出ない月を見た東作の陳述だの、事件の全体に因縁深く蔽い被《かぶ》さっているらしい英文の刺青に関する書類や写真だの、その説明の鍵を握っていたであろうロスコー氏の突然発狂の自殺などいう事実なぞを重ね合わせて考えてみると、蒲生検事を初め係官一同のアタマが、いつの間にか実際的な着眼点を見失なって、探偵小説式な架空や想像、推理の渦巻の中にグングン捲込まれて行くのであった。全体に痴情事件らしく見えなが
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