かりを掴むよりほかに方法はないというので、係官の一行が、やがてロスコー家を引上げて出かけようとしているところへ、今まで倫陀病院でロスコー氏に附添っていた代診の弓削医学士が、白い服を着たまま息|堰《せ》き切って転がり込んで来た。その報告を聞いてみると又、一大事である。
 最前からマリイマリイと連呼して泣きじゃくっていたロスコー氏が突然に静かになった。寝台の上に起直って両腕をシッカリと組んで動かなくなった。僅かな間に見違えるほど物凄く瘠せ衰えた顔に、両眼をジイッと据えて、窓の外の青空を凝視したまま黙りこくっているうちに、その眼の色が次第次第に物凄くなり、真夜中のようにギリリギリリと歯を噛鳴らし初め、突然、精神に異状を呈したらしく、そこいらに在る品物を取っては投げ……取っては投げするので、危なくて近寄れない。そのうちにタッタ今のこと、隙《すき》を窺ったロスコー氏は哀れにもポケットからピストルを取出し、自分の頭の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》上部を射撃して自殺してしまった。今すこし早く精神異状者と認めて処置しなかった事を、院長初め非常に恐縮している……という話であった。
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