を切断し、酔臥《よいふ》している東作を麻酔にかけ初めたが、案外麻酔が利かないのに驚いた。持って来たエーテルとクロロフォルムを最後の一滴まで使用してヤット目的を達したように思った。そこでアトはマカリ間違っても高の知れた女一匹という了簡で、勇敢に玄関の扉の鍵をコジ開けたものであった。
 それから目的の書斎に忍び込むべく、寝室を通過する時に、天井からブラ下った仄暗い一|燭《しょく》の電燈の光りでマリイ夫人の寝姿を見ると、フト妙な気持になったので、枕元の豆スタンドのコードを取外して絞殺にかかってみると、女と侮《あなど》ったのが大間違いで、驚くべく猛烈な抵抗にぶっつかり、夢中になって格闘の結果、やっと目的を達したという。つまり「犯人は十分の研究を遂げた後に忍び込んだもの」という最初の推測だけが、見事に外れていた訳で、その他の部分はかなり精確に的中していた事になる。だから音吉は最初、知らぬ存ぜぬの一点張りで、極力、殺人の重罪を免れようと試みたものであったが、司法主任から現場に突付けられて、その犯行当時の手順から、心理状態なぞを順序正しく訊問されて、最後にシーツに刻印されているその長さと、電燈コードに残っている肩幅と、その膝頭の褶紋とを突合せられると、流石の音吉も汗ビッショリになって恐れ入ってしまった。
「そこまで御調べが届いていちゃ白《しら》を切っても間に合いませぬ。私の運の尽きで御座いましょう。女|毛唐《けとう》を殺したのは私に相違御座いませぬ。今までシゴト(窃盗専門の意)以外には女なんか振向いた事もない私で御座いましたが、あの晩に限って魔がさしたので御座いましょう。……ドウモあの刺青がイケなかったようで……薄暗い電燈の下にハダカっている真白い、雪のようなお乳の横に、毒々しい真青な花ビラが浮上って、スヤスヤと寝息をしているもんですから、ツイ妙な気持になってしまいました。私の一生の縮尻《しくじり》で御座いました。女ってえものはヤッパリ魔者なんで……ヘヘヘ……。
 何も盗《と》らずに逃出しました理由は、ほかでも御座いませぬ。あの女毛唐を片付けてホッとしておりますうちに、波の音一つ聞こえない位シインとなっている硝子《ガラス》窓の外の暗《やみ》の中で、微かに草履を引ずるような音がゾロゾロッと聞こえたのです。私は思わずハッと固くなってしまいました。生れて初めて人を殺しましたので気持がど
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