なさるのかと思うと、(中略)おかしくって見ちゃいられませんでしたが、これも先代様への御恩返しのため、又一つには娘夫婦のためと思って、我慢して御奉公を致しておりましたような事で……ヘイ。
娘と申しますのは只今R市で玉突屋をやっております。今年二十五の香港生れで、親の口から申しますのも何で御座いますが、死んだ母親に似たシッカリ者で御座います。亭主と申しますのは娘より一つ年下で、今にS・L病院の医者になると申しましてR大学の四年生で勉強致しております。その養子の話によりますと、御存じか知りませんが、このS岬のマリイさんと申しますのは、愛蘭《アイルランド》人のお袋さんの血を受けているので御座いましょう。このR市中の学生さん仲間では大評判の別嬪《べっぴん》なんだそうで、大学生は申すまでもなく、生意気な中学生までが日曜になると、よく学校のボートを漕出して、このS岬へ着けてゾロゾロ見に参りましたもので御座いましたが、そのたんびに追払うのは私の役目で、中学生なんぞは丸で野良猫みたいにウルサイ奴等ばっかりで御座いました。どうかするとロスコーの若旦那と奥さんが差向いで御飯を喰べている窓|硝子《ガラス》を、カーテンの外からガタガタゆすぶる奴なんかが居りましたが、そんな時に腹を立てて真先に飛出すのは、若旦那でも私でも御座いません。いつもマリイ夫人なんで、それあトテモ気の強い方で御座いました。どうかするとキチガイみたいになってピストルを持出して、女だてらに海岸を逃げて行く学生に向ってブッ放した事もありましたが、その奥さんのピストルが又なかなかの名人らしゅう御座いましたよ。香港《ホンコン》でよく射撃の会か何かに出かけなすって、大きな銀のカップを取って御座った事なんかある位でしたから相当お得意だったので御座いましょう。逃げて行く学生の足元を射って、砂を学生の頭から引っかけたり、浪打際に揺られているボートの梶《かじ》の金具を射ち離したりなさるのには驚きました。学生たちもソンナ事で肝を潰したと見えてダンダン冷やかしに来なくなりましたが、そんな事のあるたんびに、ロスコーの若旦那は真蒼《まっさお》になって食卓にヘバリ付いてガタガタ震えて御座ったもので、丸で話がアベコベで御座いました。嘘言《うそごと》のようで御座いますがマッタクなんで……ヘイ。そんな調子で御座いますからロスコーの若旦那が自殺さっしゃった
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