れならば嫌疑の掛かるのも無理はないと考えられそうな野性的な、頑固一徹の性格をあらわしていた。
 しかし犬田博士は平気であった。その東作爺のモノスゴイ視線を、博士一流の柔和な、親切そうな微笑でニッコリと受流しながら朝日を一本吸付けて一文字の口に啣《くわ》えさしてやった。それから自分も一本火を点《つ》けて啣えながら、今一度ニッコリとして椅子を進めた。
「爺さん。御苦労だったね。お前に罪の無い事は僕が知っているよ。だから今となっては何もかも洗い泄《ざら》い話した方がよくはないか。その方が娘さん夫婦のためになると思うがどうだね。ロスコー家の秘密を何もかも話してくれないかね。ロスコーさんは、あれから直ぐに自殺してしまったんだからね」
 博士の言葉が終らないうちに東作老人が、口に啣えてスパスパ美味《うま》そうに吸っていた煙草をポロリと膝の間へ落した。ロスコー氏の自殺を知って、よほど驚いたらしく、顔色を見る見る青くして、顔面筋肉をビクビクと痙攣さした。シッカリ閉じた両眼から涙をハラハラと流してうなだれると、前よりも一層固く口を閉じてしまった。その態度を見ると犬田博士は、なおも一膝すすめた。
「なあ東作爺さん。ロスコー家は先代のお父さんからして非道《ひど》い刺青キチガイであったが、今の若いロスコー君も、先代に一層輪をかけた刺青キチガイだったのだろう。それがいつの間にか奥さんのマリイさんに伝染してしまったが、お前は一切そんな事をロスコー夫婦に口止めされていたんだろう。お前はちょうど日露戦争頃に先代のロスコーさんと識合《しりあ》いになって、それ以来ずっと、ロスコー家に奉職していたんじゃないか。その先代にも、お前はやはり刺青の事を口止めされていたので、お前はロスコー家に居る限り、娘夫婦の幸福のために、ロスコー家の秘密を喋舌《しゃべ》らない事にきめていたんじゃないか。まだまだ詳しい事がスッカリ調べが附いているんだから、隠したって無駄だよ。……お爺さん……」
 東作老人はここまで云って来た博士の言葉のうちに太い溜息を一つした。司法主任から啣え直さしてもらった朝日を吸い吸い嗄《しわが》れた、響の強い声でギスギスと話しだした。マン丸く開いた正直者一流の露骨な視線を、犬田博士の真正面に据えながら……。
「ヘエイ。かしこまりました。ロスコーの若旦那がお亡くなりになりましたのは、やっぱりまったくなんで
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