ざんげの塔
夢野久作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)基督《キリスト》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)おやじ[#「おやじ」に傍点]
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「女を見て美しいと思うものは、罪を犯した者だ」という基督《キリスト》の眼から見れば、たいていの人間は犯罪者……だと思う。それかといって懲役に行くような犯罪をここに発表するわけにも行かぬ……たとえあるにしてでもである。もし又ないのに発見したら、それこそ犯罪であろう。だから「私の犯罪」の告白はその中間程度の生ぬるいところで勘弁していただかねばならぬ。
 まず手軽いところから……。

 ショッチュウ東京福岡間を往復していた頃のこと。急行でも退屈してしようがないので、ポケットから小さな雑記帳を出して、眼の前の窓に頭をよせかけて居ねむりをしている、四十五、六の紳士の顔をスケッチしはじめた。中禿の頭の毛、ダダッ広い額、ゲジゲジ眉、尻下りになった眼、小さな耳、大きな鷲鼻、への字なりの口、軍艦のようなアゴと念入りに書き上げてパタリと雑記帳を伏せると、その人が大きな眼を開いて私を見た。ニヤリとして言った
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