を遺憾なく発揮したものであった。
 ところが伯爵の死後、玄関と正反対の位置に新たに取付けられた煙突というのは、普通の赤煉瓦を真四角に積み上げたデッカイ、不恰好なものであった。理想化《リファイン》された図書館の様式《スタイル》とは全然調和しないばかりでなく、そのまわりを取囲むコンモリした杉木立の風趣までもブチコワしてしまっていた。まるでどこかの火葬場といった感じであった。
 私はズット前から、この煙突の正体を怪しんでいた。……というのは、この煙突が出来てから、一《ひ》と冬越した翌年の春になっても、煙を吐いた形跡がなかったからであった。
 この事実を初めて発見した時には流石《さすが》の私も首をひねらせられた。往来のマン中に突立ったまま暫くの間、茫然と、その煙突の絶頂の避雷針を見上げていた。その避雷針の上を横切る鱗雲《うろこぐも》を凝視していたものであった。
 しかし、わからないものはイクラ空《くう》へ考えてもわからなかった。
 図書館にはズット以前から昼間の動力線と瓦斯《ガス》が引いてあった。同時に石炭やコークスの屑が附近に散らばっていた形跡はミジンもなかったばかりでなく、そんな商人が出入
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