しく取付けられている煙突であった。
 ……事実……私が南堂伯爵未亡人の素行調査にアンナにまで夢中になり始めた、そのソモソモの動機というのは、アノ粗末な、赤煉瓦の煙突に外ならなかったのだ。

 大久保百人町附近の人は知っているであろう。
 昔風の鉄鋲《てつびょう》を打ち並べた堂々たる檜《ひのき》造りの南堂家の正門内には、粗末な米松《べいまつ》の貸家がゴチャゴチャと立ち並んでいて、昔のアトカタもなくなっていることを……同時にその裏手へまわってみると正反対に、同家の由緒を語るコンモリした松木立や、ナノミ、樫、椿、桜なぞの混淆林の一部が、高い黒土塀とがっちりした欅《けやき》造りの潜り門に囲まれて正門内の貸家とも、又は、附近の住宅ともかけ離れた別世界を形づくりつつ昔ながらに取残されていることを……。
 ところでその杉木立の中にポツネンと立っている南堂家の図書館というのは、五|間《けん》に四間ぐらいの二階建の鉄筋コンクリートに茶褐色のタイル張りで、上等のスレート屋根の下に緑色に塗った鉄のブラインドが並んでいる。全体が耐震耐火のルネッサンス擬《まが》いという、故伯爵の凝《こ》り性《しょう》と用心深さ
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