付けるのであった。むろん売付ける新聞紙は別に刷らしていたから、警察に睨まれるようなヘマは一度もしなかった。
ところがこの頃になって、その脅喝が著しく利いて来た。近頃の大新聞が、上流社会の醜聞《スキャンダル》を昔のように書かなくなったせいらしい。しまいには原稿だけ……最近には単に口先でチョット耳を吹いただけで、五百や千の金には有付けるようになった。
資本主義末期の社会層には、不景気に反逆する上流社会の堕落例が夥《おびただ》しいものだ。だから私はチットモ金に困らなかった。そうして金を掴めば掴むほど、そうした堕落層の裏面に深入りして行った。女優を買う女、男優を買う男の名前なぞは、一人残らず知っていた。
南堂伯爵未亡人は、その尤《ゆう》なる者であった。
巨万の財産を死蔵して、珍書画の蒐集に没頭していた故伯爵が四五年前に肺病で死ぬと間もなく未亡人は、旧邸宅の大部分を取毀《とりこわ》して貸家を建てて、元銀行員の差配《さはい》を置いた。自身は僅かに残した庭園の片隅の図書館に、粗末な赤|煉瓦《れんが》の煙突を取付けて住み込んで、通勤の家政婦を一人置いていた。
未亡人の美しさが見る見る年月を逆
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