らないようにしておいた。だから、これがあの事件の真相だと気付かれるのはドンナに早くとも二三週間の後《のち》だろう。その間に完全な失踪が出来ない位の私なら、捕まっても文句はないだろう。
 私のこうした行動が、この場合唯一の自白であり、且つ手がかりである事を私は知り過ぎる位知っている。……にも拘《かか》わらずドウしてコンナ大胆な……むしろ馬鹿な行動を執《と》ったか。
 その理由はただ一つ……事件の真相をどこまでも真実の形で認めてもらいたいからだ。南堂伯爵未亡人との約束を果したいからだ。
 私は捕まり次第、脅喝殺人の罪に問われるにきまっている。うっかりすると謀殺か強盗の廉《かど》で首を絞められるかも知れない虞《おそ》れが十分にある。そんなにまで恐しい事件にタッタ一人で触れて来たのだ。
 私がすべての生命に対して特別に敏感《デリケート》な人間である事を証明し得る者がどこに居よう。
 私は現代社会の堕落層に住む寄生虫である。卑怯者と呼ばれても悪党と罵しられてもビクともしないであろう一種の冒険を、特に「金《かね》」というものに対して試み続けて来た人間である。……況《いわ》んや今度という今度ばかりは
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