ガクガクと戦《おのの》いているのに気が付いた。画帳を開こうとすると指がわなないて自由にならなかった。話にしか聞いた事のない恐ろしい変態殺人鬼が、現在タッタ今、眼の前に居ることをヤット意識し初めて……その殺人鬼に誘惑されながら、ドウする事も出来なくなっている自分自身を発見して……。
未亡人は、そうした私の傍に突立ったまま嫣然《えんぜん》と見下していた。私の意気地なさを冷笑するかのように……私を圧迫して絶対の服従を命ずるかのように……。
私は、そうした妖気に包まれながら、わななく指で左右の手袋の釦《ボタン》をシッカリとかけ直していたように思う。……何故ともなしに……そうして絹本《けんぽん》を表装した分厚い画帳を恐る恐る繰り拡げていたように思う。
それは歴史画の巨匠、梅沢狂斎が筆を揮《ふる》った殷紂《いんちゅう》、夏桀《かけつ》、暴虐の図集であった。支那風の美人、美少女、美少年が、あらゆる残忍酷烈な刑に処せられて笞打たれ、絞め殺され、焙《あぶ》られ、焼かれ、煮《に》られ、引き裂かれ、又は猛獣の餌食にあたえられて行く凄愴、陰惨を極めた場面の極彩色密画であった。その一枚一枚|毎《ごと》に息
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