洗った。立てても差支えないとは思ったが……。
最後に私は椅子の上に置いた帽子を取上げて叮嚀《ていねい》にブラシをかけた。細かい蜘蛛の糸が二すじ三筋付いていたから、特に注意して摘《つま》み除《の》けた。ブラシに粘り付いたのと一緒に指先で丸めて、洗面器のパイプに流し込んだ。
そのまま室の隅の帽子かけに掛けようとしたが、その序《ついで》に何の気もなく内側を覗いてみるとギョッとした。JANYSKA と刻印した空色のマークの横に、黒と金色のダンダラになった細長い生物がシッカリと獅噛《しが》み付いている。のみならずその右の前足の一本だけを伸ばしてソロソロと動かしかけているようである。
……お女郎蜘蛛だ……あの南堂家の木立の中に居《お》った奴がクッ付いたままここまで来たのだ。私が電燈の下で掃除をする時に、持って生まれた習性で暗い方へ暗い方へと逃げまわって、巧みに私の眼を脱れながらコンナ処に落ち付いていたのであろう。……南堂未亡人の執念……?……。
私はフッと可笑《おか》しくなった。少々センチになったかな……と思いながらソッと窓を開けた。帽子を打振って逃がしてやった。あとに糸が残っていないのを
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